あかりみち*れん 双極日記

双極性障害当事者の39歳男性です。

これは性格?病気?それともアイデンティティ──双極性障害と自分自身の境界線

こんにちは、れんです。

 

今回は、精神疾患は自分の性格なのか?というテーマで話していこうと思います。

 

自分は約20年間、双極性障害として過ごしています。

 

躁の時は、ハイになったり、散財したり、声が大きくなったり、万能感があったり、なんでも闇雲に挑戦したり。

 

鬱で落ちるとお風呂も食事もできない、ずっと寝てる、すごく悲観的になる。

 

感覚として、長く病気と付き合っていると、「双極性障害=自分」みたいな構図に思うことが多くなっています。

 

言語化が難しいですが、躁鬱が自分のアイデンティティになっている感じです。

 

自分の性格といえば、波がある。ムラがある。

 

という風に錯覚してしまう。

 

いや、錯覚ではないのかもしれない。

 

「自分」って何なんだろう、何者なんだろう、と最近ふと思うことが多いです。

 

躁鬱じゃなかったら、自分はどんな性格だったのか。

 

双極性障害の診断を受ける前は、かなりナイーブで、打たれ弱い、今で言うHSPな感じで、対人関係に難がある感じ。

 

1対1の会話は得意でも、集団での立ち位置が分からない。

 

色々、自分に矢印が向いて考え込んでしまうタイプ。

 

かなり繊細。でも時にはおおざっぱ。

 

今もそのような部分は変わりませんが。

 

ブログにして書いていると、今、感じましたが、「繊細さ、ナイーブさ、慎重さ」が本来の自分の性格で、ハイとローは躁鬱の症状だなって思いました。

 

自分は、なんらかの発達障害を持っていて、その2次障害で双極性障害を発症していることは、ほぼ確定ですが、発達障害って何なんでしょうね。難しいです。

 

生まれながら持った特性?なのかな?

 

むしろ躁鬱に隠れている発達障害が、本来の自分の性格って気もしてきました。

 

現状の医学では双極性障害は寛解はあっても完治はしないらしく、人生をかけて付き合っていくしかないし、付き合っていこうと思います。

 

たぶん、完璧な人間って誰もいなくて、誰しもが何かを抱えながら懸命に毎日を生きていると思います。

 

人生は長いようで短いと最近思います。

 

あっという間の39年でした。

 

もう人生折り返しです。

 

早いです。

 

病気を受け入れて、毎日を精一杯生きて行きたいです。